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| 管 理 人 の 落 書 帳 |
| (いろんなところで聞いた話や見たこと、気づいたこと、おもしろいこと、ホッとする話の落書き帳で〜す) |
| 第1話 | 都大会に負けて | 第13話 | ここに穴を掘りなさい !? | 第25話 | 頭にきた!? |
| 第2話 | ひとりごと | 第14話 | お母さん怒らないでね | 第26話 | 立体視 |
| 第3話 | 悲劇 | 第15話 | 真剣だけれども遊び | 第27話 | 「目標」は勝つこと |
| 第4話 | まだまだ捨てたもんじゃない | 第16話 | 脇をしめろ | 第28話 | 氷山の一角 |
| 第5話 | おやじコーチ症候群 | 第17話 | 野球って怖い!? | 第29話 | プレーを予測する目 |
| 第6話 | キャッチボールのすすめ | 第18話 | 目標は高いほど良い? | 第30話 | 野球ママさん症候群 |
| 第7話 | 珍プレー特集! | 第19話 | ヘッドスライディング | 第31話 | ピアノと野球 |
| 第8話 | 楕円球の行方 | 第20話 | 月に向かって打て! | 第32話 | ベンチ入りした4年生 |
| 第9話 | チャレンジ精神 | 第21話 | 健全なる身体に… | 第33話 | 真夏の練習 |
| 第10話 | 観客席から…(削除) | 第22話 | いったいどっちやねん ?! | 第34話 | 「ストライク」と「ボール」 |
| 第11話 | ラグビーを漢字で書くと… | 第23話 | ボールと自分だけの世界 | 第35話 | 新人デビューは外野から? |
| 第12話 | プロ野球より少年野球! | 第24話 | 自分の子 | 第36話 | 子どもに教えられること |
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都大会に負けた次の日の練習でのことです。
目標を失った6年生に向かって若き「Kコーチ」が選手たちを前に話していました。
彼は、現役の大学生で田柄ボーイズ出身のお兄さんコーチです。
こんな話をしていました。
「小学校を卒業してからも野球を続けるやつもいるだろうし、中学になったらほかのスポーツをやってみたいっていうやつもいるだろう。もっと大きくなればみんないろんな道へ進む。」
(うん、うん、その通りだ。)
「このメンバーで野球をできるのは今しかない。あと半年だけだ。」
「今になってオレはあの時のボーイズ(自分が小学生の時)のメンバーともう一度一緒に野球をしたいってよく思うんだ。」
「だけど絶対無理。たとえ本当に集まったとしても、今のあいつらはあの思い出の中のあいつらとは違うし、自分だってあの時の自分とは違う。」
(おい、なかなかいいこと言うね。)
「今の仲間と野球をできるのは今しかないんだぜ。」
「後でわかるんだけど、本当にいい思い出になるって。」
「何年か前、オレはボーイズのキャプテンだった。年も一番近いし、おまえらの気持ちも良く分かる。そのオレが言うんだから間違いない。」
(なんか、すごく説得力あるね。)
「オレは頑張ったって思いがあるからいい思い出になるんだ。ダラダラやってたらそうはならないだろ?」
「いい思い出つくろうぜ!」
(選手たちの顔つきが変わっていく…)
今の仲間と野球ができるのは今だけか…いいこと言うじゃないか。子どもたちの横で聞いていて妙に感動した自分でした。
ひとりごと
| バット・・・ | 僕はボールに当たるのが仕事だけどさ、試合になるとなぜかボールが上下を通り過ぎて行く? そのわりに休憩の時にはグラブやサッカーボールが何故かよくあたる? たまに、小石が当たることも・・・。僕の顔は傷だらけ (≧o≦;) たまには、ちゃんと仕事をさせろっちゅーねん!! ----------------------------------- |
| グラブ・・・ | あのさあ。エラーした時ジッとあたしを見ないでくれない?あたしのせいみたいじゃん! そのあと、パンパンたたくのもやめて! それからさあ、雨の日 傘代わりに頭にかぶるのもやめて欲しいんだけど・・・。あたしの柔肌がガサガサになるでしょ。 座布団かわりにお尻に敷くのはもっての外!セクハラじゃん! ----------------------------------- |
| ボール・・・ | 僕はゴムでできてるけど500円もするんだぞ!それなのに、迷子になっても真剣に探してくれない・・・。僕はいらない子なの? 汚れてもきれいにしてくんない。僕の顔が凸凹だから? 僕がいないと野球できないのに…。 そんな君のバットには当たってやんないもん! 目の前で大きくはねて、グラブにだっても入ってやるもんか。ばかぁ〜!! ----------------------------------- |
| やっぱ、道具は大切にしましょうね (^-^)v | |
悲 劇
ある少年野球チームでの本当にあった出来事です。
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今から20数年も前の事。4年生から入団してきたS君は、当初からずば抜けて野球がうまく、一人光る存在だった。
ただ、家庭のほうはあまり裕福ではないらしく、ユニフォームはもちろん、アンダーシャツからスパイク、グローブまで卒団していった先輩からのもらい物だった。特にグローブはあちこちのヒモも切れていて、見かねてコーチがよく直してあげていた。
それでもS君は、毎週日曜だけの練習だったが1度も休む事無く、試合に練習に頑張っていた。
5年生の新学期が始まってしばらくたった頃だろうか、たまたま試合が入っていたその日、珍しくS君が遅刻をしてきたのである。
事情を聞いてみると、夕べからお父さんもお母さんも帰ってきてないという。弁当はどうしたと聞いてみると、おにぎりを持ってきたとの事。その時はそれ以上深く聞かず、とにかく試合場へと向かった。
試合はS君の好投で勝ち、その学校で弁当を食べる事にした。何気なくS君のおにぎりを見てみると、中には何も入ってないらしく、白いご飯だけだった。お茶はと見てみると、これまた、ただの生ぬるい水だけ。見かねて、他の子供たちから、せめてお茶くらいもらえよと声をかけ、その日はそれで解散となった。
そんな事があった月末に団費の徴収をした時、S君の600円の団費の中身は、10円玉 5円玉1円玉まで入っていた。聞いてみればこずかいを貯めたのだという。
それから1週間後の土曜日の早朝。あの事件が起きたのである。
校舎の階段にある片隅で、軽乗用車の中に排気ガスを引き込み、あのS君親子が自殺をしていたのだ。
お父さんがサラ金からの借金でここ2ヶ月ほど全然家に帰ってこない、という噂は聞いていたが、まさかこんな事になるとは。
後ろの座席で冷たくなっていたS君の足元に、先週直してやったグローブがあったとか。
10才でこの世を去ったS君。もっともっと野球がしたかっただろうと指導者全員が泣き叫んだという。
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まだまだ捨てたもんじゃない
かなり以前、新聞にこんな記事が載っていました。
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土曜日の夕方ちょっと不思議な光景に出会い、コンビニ前で足を止めました。コンビニの入り口脇に靴が数足並べてありました。何事かと思って近づいてみると、それは泥だらけの野球のスパイクでした。
店内では白いユニホーム姿の中学球児らしき男の子が靴下のままでレジ前に並んでいました。ユニホームも泥だらけになっています。きっと練習帰りなのでしょう。それにしても泥だらけの靴を脱いでお店にはいるなんて誰が言い出したのでしょうか。
普段の日の夕方は、同じ年代の子どもたちが地べたに座り込んでいたり、立ったまま食べたり飲んだりして騒いでいます。ところが今日は、こういった気配りのできる子どもたちに会うことができて、「まだまだ捨てたもんじゃないな」と、とてもさわやかな気分になりました。
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こんな記事が新聞に投稿されていたのです。わがままに育ちがちな今の子どもたちですが、野球というスポーツを通して必要なマナーを身につけていたということでしょうか。「自分にとって」だけではなく、「みんなにとって」という考え方です。汚れたままのスパイクでずかずか入り込めば誰かが掃除をしなければならなくなる。そう考えたのでしょう。
ボールを投げれば、チームの仲間がグローブで受け止めてくれる。一人だけではできないスポーツ。仲間と一緒に楽しむスポーツ。野球というのはそういうスポーツです。
おやじコーチ症候群
●色黒になる
春先はまだ誰も日焼けしていないので、一般人の中ですごく目立ちます。
事情を知らない人に、海外旅行に行ったの?と聞かれます。
●早起きができるようになる
土日に6:00に起きることなんてありませんでしたが、野球があると不思議と早起ができます。
さらに天気が気になると、1時間前に目がさめて空模様を確かめたりします。
さらに前日が雨だったりすると、グラウンドまで行って「これなら大丈夫」と一人納得して帰ってきます。
●プロ野球を見ながらひとり言が多くなる
「ナイスプレー!いい肩してるよなぁー。あんなのがうちのチームにいたらなぁー」(そりゃームリだって!)
●ユニフォームを着ている子供たちが気になる
町を歩いているユニフォームが気になります。
「どこのチーム?練習試合やらない?」と聞きたくなります。
●何かにつけて野球にたとえてしまう
「いい仕事だねぇー 送りバントだねぇー」とか
「この会議もうコールドにしようよ」とか
子供を叱るときも
「〜だからお前は打てないんだよ」(←怒っている内容とまったく関係ない)
こんな症状あなたにはありませんか? ねぇ○○コーチ?
キャッチボールのすすめ
「いいのよ、そんなにやさしく投げなくたって」
「いいよ」
これは伊集院静の『受け月』の中に出てくる母と子のキャッチボールでの会話です。
由美の夫は数年前に他界。生前、夫は息子の茂とキャッチボールをやりたがっていました。茂は小学生になり、野球チームに入り野球をするようになりました。そんな息子を由美はキャッチボールに誘うという場面です。
「本当に、ママ、キャッチボールできるの?」と、茂は喜びます。が、由美を気づかって、茂はボールを柔らかに投げてよこすのでした。そこでこの会話となります。
「いいのよ、そんなにやさしく投げなくたって」
「いいよ」
この母親は、キャッチボールをしながら、息子のやさしさに気づくのでした。彼女が暴投すると、息子は走ってとりに行って、また柔らかに投げ返してきます。頼もしい、と感じ、母親はうれしくなります。そして不意に、亡くなった夫のことを思い出すのでした・・・。
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ここで感じられるのは、息子の母親に対する「思いやり」や、弱いものに対しての「気づかい」です。
また、亡くなった夫に「こんなに息子は頼もしくなったのよ」と伝えたい気持ちです。
キャッチボールは性別や年齢に関係なく、父と子の、兄弟の、友人同士のコミュニケーションそのものです。言葉のいらない不思議な会話です。
キャッチボールには社会性の基本のようなものが含まれているような気がします。
ボールは相手が捕りやすいようにと、胸元に投げ込みます。 これは「思いやり」
暴投したら「ゴメン!」という。 これは「マナー」
相手が暴投しても黙ってボールを拾いに走る。 これは「ルール」
いい球がきたら思わず「ナイス、ボール」と言いたくなる。 これは相手を「評価」し「尊重」するということ。
体を使って楽しく遊びながら、キャッチボールのもつ不思議な力で社会性が身につくなんて・・・素晴らしいことですね。
珍プレー特集!
子どもたちはみんな素直です。大人の言ったことは素直に聞きます。
● まわれ!まわれ!
2年生バッターのA君。ランナー2塁です。
ピチャーの牽制悪送球。ボールは外野をてんてんと・・・
ベンチから大きな声で 「まわれ!まわれ!」
なにを勘違いしたのかA君はバッターボックスの中でクルクルと回りはじめました。
「・・・・ン?」
なぜ笑われているのか分からないA君でした。
● 盗塁?
1塁ランナー君が2塁に盗塁!見事成功で拍手喝采!
と思いきや、監督から「誰が盗塁のサインを出したんや〜!勝手に走るな〜!」の怒りの声!
すると盗塁に成功した2塁ランナー君、監督の声に反省したのか、監督の顔があまりに恐かったのか急に1塁へ帰り始め、一同唖然。
監督も「戻れ!戻れ!」と言うものの、「戻る」のが1塁か2塁か分からなくなったランナー君、1-2塁間で立ち往生。
結局ファーストに送球されたボールにタッチされてアウト。
監督は憮然としていましたが、応援席の父兄は肩だけピクピク動かしながら、必死に笑い声を押さえていました・・・。
● トスバッティング
Nコーチが熱心にS君にボールを上げてます。
その最中、Nコーチにボールが直撃!
「おまえ、どこ打ってんだ!殺す気か!」とNコーチ。
S君は…
「Nコーチ、軟球当たっても、死ぬかぁ!ってノックのときいってるじゃん…」
Nコーチ「……」
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自分の言葉には責任をもたなければいけませんねぇ
良い事悪い事、全て大人がお手本です。 (^-^)v
楕円球の行方
みなさんご存知の通り、ラグビーボールは楕円形をしています。
〈いきなりラグビーの話でゴメンナサイ。学生時代これしかやってなかったもんで〉
ときどき「人生はラグビーボールのようだ」といわれたりします。
いわく「どちらに転がるか分からない」そこにラグビーにも人生にも面白さがあるのですが・・・
ですが、どうもラグビーボールは「どちらに転がるか分からない」わけではないのです。
「ボールは努力した者の方に転がる」のです。
この言葉は自分のラグビーの恩師から聞いたものです。当時「さすが先生、うまい事言うよなぁ、でもどっちに跳ねるかなんて分かるわけないじゃん」と聞き流していました。
でも、この言葉を実感したプレーがありました。
高3の時だったと思います。敵陣に攻め込んでいるときのことです。味方のキックがちょっと長すぎ、明らかにミスキック。蹴った瞬間、タッチに出るなと思って自分は見ていました。ところが一人だけ懸命に走ってるヤツがいました。さほど足が速くない「K」です。
横風に戻され、タッチライン際に落ちたボールは・・・
当然外に出るはずのボールは逆に跳ね、なんと「K」の腕にすっぽり! 見事、決勝のトライをとりました。
野球も結構「運」に左右されることありますよね。テキサスヒットにイレギュラーバウンド、会心の当たりがライナーゲッツー。そんな時、「努力した者にラッキーがやってくる」って考えるのはどうでしょう。アンラッキーなら「努力が足りなかった」って考えるのです。
そう信じて努力するかぎり、いつか本当に大事なところで「幸運」はやって来るのです。
チャレンジ精神
「勝つことへの執念」と「負けることを恐れない勇気」
早いもので、もう6年生にとって上部大会に進める最後の大会になってしまいました。トーナメント方式ですから、負ければ終わりの一発勝負。悔いのない試合をしたいと誰もが思うでしょう。
自分はこのような本当に大事な試合において100%の力を出すためには、「勝つことへの執念」と「負けることを恐れない勇気」を持つことが必要だと思っています。
勝つことへの執念が強くないと、勝負の瀬戸際のところで勝ちきることはできませんが、勝つことにこだわるあまり、負けることを恐れることは、プレーの幅を狭め、集中力を妨げ、戦う喜びと楽しさを失わせ、全力を出し切ってプレイすることを妨げます。
もちろん負けることは恐ろしいことです。それは自分のプライドを傷つけるものですし、これまでせっかく勝つことを目指して行なってきた練習をすべて意味のないものにしてしまうかもしれないものだからです。しかしながら、それを恐れてはいけないのです。
これまでしてきた練習は、いわば先行投資の捨て金であり、勝つために惜しげもなく捨てるものではなくてはならないのです。最後の試合はちょうど最後の賭けを有り金を全部賭けてするようなものです。最後の時にはすべてを捨てて攻めるしかないのです。
ただし、「チャレンジ精神」とはただやみくもに猪突猛進するものではありません。それはこれまでの練習に裏打ちされた能力と技術に基づいた冷静さを一部に持った熱い前向きさなのです。
これまでの練習はこんな「チャレンジ精神」を裏で支えるものであり、守るべき財産ではないのです。
ラグビーを漢字で書くと…
またまた、ラグビーネタで恐縮です。
ラグビーを漢字で書くと、どう書くかご存知ですか?
テニスは庭球ですね。これは有名。
サッカーは蹴球(しゅうきゅう)、バスケットボールは籠球(ろうきゅう)。
これは知らない人も多いのでは・・・。
ではラグビーは?
「 楽 苦 備 」と書きます。←(ウソで〜す。当て字です)
でも、誰が考えたんでしょう。この当て字を考えた人、すごいです。
たった一言でラグビーの本質を表しているからお見事!
ラグビーに限らずスポーツ(もちろん野球も)は楽しい面とつらい面が同居しています。
ん〜ちょっと待った。スポーツに限らず勉強も・・いやいや仕事もかな?
誰だって、苦しい練習はイヤですよね。
でも、その成果を試合に発揮でき勝利を手にした時、その喜びは格別なはずです。
まさしく「 楽 苦 備 」でしょ?
と、ここまでは自分なりの解釈。
「楽だなと思う時は坂を下ってる時、苦しいと思う今が、坂を上って成長している時なんだ」という人もいます。(キビシイ!)
どちらにしても 今、野球をやっている子どもたちには目標に向かって努力することの大切さを分かって欲しいんです。
きっと、将来本当に自分の目標が出来たとき(入りたい学校や、取りたい資格etc.)にそれに向かってがんばる力になるはずです。
ちなみにラグビーの日本語表記は「ラ式蹴球」が正解です。
プロ野球より少年野球!
プロ野球大好きなお父さん多いですよね。
ビールを飲みながらの野球観戦はまた格別!
でも、自分の子供の試合見たことありますか?
これがプロ野球なんて目じゃないくらいおもいろい。
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プロ野球のS席はとっても高いですが、
少年野球はただで内野の最前列で見られます。
プロ野球の選手に身内はいませんが、
少年野球は自分の息子が出ているので熱くなります。
プロ野球のベンチの声は聞こえませんが、
少年野球はベンチ内のひそひそ話まで聞こえます。
プロ野球は華麗なプレーを見てため息が出ますが、
少年野球は自分の息子のところにボールが飛ぶと冷や汗が出ます。
プロ野球では時々少年野球のようなプレーがありますが、
少年野球では時々プロ顔負けのプレーがあります。
プロ野球のひいきの選手がエラーするとムッとしますが、
少年野球では大事なところで息子がエラーするとかなり引きずります。
プロ野球の選手はエラーをしても言い訳はしませんが、
少年野球の選手は大人が納得するような(?)理由をいいます。
プロ野球のひいきの選手が打てないとテレビに向かって文句をいいますが、
少年野球では家に帰って息子にグチをいっていると、自分の遺伝子だからと考え直して元気づけたりします。
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お父さん!日曜だからって寝てる場合じゃないですよ!さぁ試合が始まりますよ!
(でも、そんなお父さんはこんなホームページ見ないよなぁ…)
ここに穴を掘りなさい !?
「ここにスコップがあります。これでここに穴を掘りなさい」と言われたらあなたはどうします?
「え?なんで?」と普通は思いますよね。それが当たり前の反応です。
たとえ、野球がうまくなるからって言われても「そんなことあるかい」って思うはずです。でも、監督やコーチに「やれ!」って言われれば、しぶしぶやるかもしれませんね。でも当然、やる気なんて出ないし、「早く終わりにならないかなぁー」って思いながらするのがいいとこでしょう。
それでも、続けていて効果があればいいのですが、効果がなければどんな辛抱強い人でもいいかげんスコップを投げ出して穴を掘ることをやめてしまうでしょう。
でも、スコップで穴を掘ることの意味が分かっていたら…例えば、自分には背筋の力がないから、速い球が投げられない。そのために穴掘りが一番のトレーニングなんだ。というような事が分かれば、穴掘りだって集中してできるだろうし、その結果、すごい球が投げられるようになってくるでしょう。
ここではスコップで穴を掘るという突拍子もない話をしましたが、結局何が言いたいかというと、人間にとって意味もわからずやらされる行動は拷問に近いということ、逆に意味さえ自分の中で見出していれば、私たち人間はかなり過酷な状況にも耐えられるということです。
少年野球では特に「やらされている練習」が多いとおもいませんか?
「走れ」とだけ言われて、いやいやながらランニングする子供たち、「声を出せ」と言われても何のために声を出すのかわからず、言われたときだけしか声を出さない子供たち。
もう高学年なんだから、ランニングの意味や、声を出す意味も分かるはずだと大人が思っているだけで、本人たちは意味も分からず、ただなんとなくやっているだけなのかもしれません。
「ピッチャーは下半身が大切なんだ。足腰が強くなれば、下が安定してコントロールがよくなる。おまえはもともと肩が強いんだから、下半身が鍛えられたら凄いピッチャーになれるぜ。だからおまえにはランニングが必要なんだ」のように、大人が分かりやすく話して聞かせればきっと分かるはずです。
同じ練習をするにしても、「やらされている練習」と「意味の分かっている練習」とでは断然差がでてきます。もちろん意味が感じられないまま、意味がわからないまま頑張ることも出来ないことはないのです。
しかしながらその努力は多くの場合続きません。しっかりとした意味を見出すことによって、自然とやる気が出ることが大事なのです。
お母さん怒らないでね
試合を見ている後ろの方でお母さんたちの声が聞こえます。
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●とんでもないボール球を打つ息子に向かって
「何であんなに低い球打つのよ。ほら、ゴロでアウトじゃない」
(それはね、お母さん、ヒットエンドランって言ってボール球でもゴロを打たなきゃいけないサインが出てるんです。前のランナーを進める立派な仕事してるんですよ)
●三本間で挟まれてアウトになった息子に向かって
「何であんなところで飛び出すのよアウトになるに決まってるじゃない!」
(それはね、お母さん、今スクイズのサインが出ていたんですよ。バッターが空振りしたからいけないんです。あなたの息子はちっとも悪くないんですよ)
●逆をつかれてゴロが捕れない息子に向かって
「何でボールが来るのと反対の方に動くのよ、捕れるわけないじゃん!」
(それはね、お母さん、ランナーが走ったからベースに入らなきゃならないんです。ボールと反対にわざと動いたわけじゃないんですよ)
お母さん怒らないでくださいね。よーく見ていればだんだん分かってきます。
チームのために頑張っている頼もしい息子の姿が・・・
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最近、少し賢くなったうちのかみさんは、息子が送りバントでアウトになった時「あーあ、また仕事だよ(笑)「Y」くんのためにうちの息子がアウトになったんだからね」って「Y」くんの母に、わけのわからない恩を売るようになりました。
真剣だけれども遊び
小学生を対象にした、ある興味深い実験の話です。
小学生を二つのグループに分け、
●Aグループ…「面白いパズルの試作品を作りたいので、みんな楽しんでやってね」と言って、パズルを行なわせます。
●Bグループ…「このパズルは知能テストで、みんなの能力を測る重要なテストです」と言ってパズルを行なわせます。
その結果、どちらのグループもうまく出来ているときは子供たちは楽しんで課題をこなしていたのです。が、細工をして絶対に解けないパズルをさせて失敗させると、Aグループの子供はそれでも挑戦的に課題に取り組むのに対して、Bグループの子供たちは、失敗を恐れパズルをやるのを止めてしまったのです。
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パズルが単に「遊び」だと思った子供にとっては出来なくても何の問題もないのですが、それが「知能テスト」であった場合、パズルが解けないことは自分の頭が悪いことを示すことになってしまい、それを子供は恐れたのです。
大人だって、自我が脅かされるとき、失敗を恐れ、過度に緊張をし、のびのびした行動がとれなくなります。
野球に一生懸命に取り組んでいる子供たちであればあるほど(もしかすると熱心な監督さんも)、野球は自分の存在をかけたものでしょうし、勝敗は自分の価値を大きく左右する大事なことです。だからこそ、厳しい練習に耐えたり、他の楽しみを我慢することもできるのでしょう。
だからといって、あまりにも結果を気にしすぎれば、自分を守る気持ちが強くなり、思いきったチャレンジができなくなってしまいます。
真剣だけれども、頭の片隅のどこかに「真剣だけれども遊び」という、開き直りの気持ちを持っていれば、選手は遊びとしてのパズルに取り組んだ子供のように、挑戦的に課題に取り組むことができるのです。
あなたのチームの子供たちは、真剣にそして楽しんで野球をやっていますか?
脇をしめろ
バッティング練習では、指導者が「脇をしめて」などとアドバイスしていますね。聞いたことありませんか?野球だけではなく、動作において、脇をしめることって大事なようです。
相撲でも相手を押すときは脇をしめて内から外へおっつけるのが効果的です。脇が甘いと相手に有利に組まれてしまったり、押されたりしてしまうのです。
脇をしめることの大事さは、何もスポーツだけではないようです。ある女性の漫才で、「かわいく見える女の仕草」についてやっていましたが、脇をしめることが大事なようです。
手を振るときは、顔の横で振るようにするのですが、脇が開いているのと、しまっているのとでは、かわいらしさが違うのだそうです。
ちょっとやってみましょうか。 ホラ、ね、ちがうでしょ?
また、あくびを抑える手も同様のようです。
ま、かわいらしく見せる必要のない方も多いでしょうが(おっと失礼!)まだこれからという女性の方には参考になると思いますよ。
そういえば、仕事で上司に「脇が甘い」と言われているコーチいませんか?
そんなコーチから「脇をしめて」なんていわれたら子供もかわいそう…え?意味が違うだろって。おっしゃる通りです。失礼しました。
野球って怖い!?
あまり野球に詳しくない人と話をしていたときのことです。
「野球ってなんか怖いですよね」 思わず「え?」と聞きなおしました。その人いわく、「殺す」とか「刺す」とか「死ぬ」とかいう言葉が出てくるのが耳につくのだそうです。
言われてみれば野球で使われている言葉は怖いものが多いですね。それを何の抵抗もなく平気で自分たちも使っているし…。
「ピッチャーのモーションを盗んでランナースタートを切った。キャチャーの送球に刺され死んでしまいました。」
「同点のため、サドンデス(突然の死)に入ります」「外野フライでホームに突っ込むが、あえなく憤死!」
いいのか悪いのかは別として、野球用語は戦前に和訳したせいか基本的に「戦争ごっこ」の感があります。
ショートのことを遊撃手といいますが、そもそも遊撃とは「臨機応変に機動力で相手を攻撃する」という戦争用語なんです。
そんなわけでこんな物騒な言葉がポンポンと出てくるんですね。
プロ野球でも、足の速い先頭バッターを「核弾頭」とか「斬り込み隊長」っていったり、敗因を作った選手に対して「A級戦犯」なんてひどい言い方もあります。まさしく戦争です。だいたい日本で一番伝統のあるチームが今でも「○○軍」と堂々と名乗ってますから…。
プロでは結果がすべてですから、負ければなにを言われるかわかりません。監督だってすぐ首を切られます(おっとこれも物騒な言い方かな)。勝たなければいけないのですから、戦争のようなものなのでしょう。
やっぱり、少年野球ではなるべく怖い言葉は使わない方がいいのかな?(でもとっさのとき「刺せ〜!」って叫んじゃいそう…)
目標は高いほど良い?
チームによっては子供たちに「今年の目標」を、年の初めにいくつか挙げさせるところがあります。または、今年のチームの目標を決めたりするところも多いようです。
自分自身にとっても、チームにとっても明確な目標設定は大事なことだと思います。
でも、ちょっと待ってください。目標設定には、やる気をもたらしてくれるメリットと、逆にやる気を失わせてしまうデメリットがあるのです。
明確な目標設定があれば、普段の練習にもやる気を持つことができますし、大事な試合に向けて体調をベストに持っていくことも可能になります。明確な目標設定を持っていないチームは、すべての試合でベストをつくそうとして、結局大事な試合にピークを合わせられず実力が発揮できないと嘆いている場合が多いのです。
しかし、目標設定は選手にやる気をもたらしてくれる重要なファクターなのですが、それには落とし穴もあることを認識することが大事です。
それが分不相応、つまり自分たちの実力とあまりにかけ離れた目標である場合は、その目標はやる気をもたらしてくれず、むしろやる気を妨げるように働くかもしれないということです。
例えば、高校野球でノーシードのチームが「甲子園出場」という目標を掲げたとします。口では「甲子園」と言ってはみたものの内心「やっぱ無理だろうな…」という気持ちがあるのが普通です。そんな気持ちでやる気が出るはずがありません。
目標は高ければ良いというわけではないのです。
目標は当然自分にとって、チームにとってある程度高いものになりますから、簡単にはたどり着かない山頂のようなものです。いきなり山頂にたどり着くことはできませんから、たどり着くまでの下位目標を設定しておくことが大事なのです。
目指す試合に向けて調子が上がっていかないときには、下位目標の柔軟な変更も必要になります。順調であれば次第に近くなる山頂が目標となってやる気も上がりますが、調子が上がらないときには、山頂への道のりは急な絶壁になりますから、目標達成がプレッシャーとなります。
目標設定において本当に大事なのは、それが日々の練習のやる気をもたらしてくれるかどうかです。高い目標がやる気を失わせるものであったら、柔軟に目標設定を変えるべきでしょう。間違ってはいけないのは、そうやって目標を変えることは、決して目標をあきらめるということではないのです。
ヘッドスライディング
自分が一番印象に残っているのは、5・6年前の甲子園でのシーンです。横浜高校の準決勝の試合だったと思います。横浜2点ビハインドの最終回、三塁前にセーフティーバント。一塁はきわどいタイミングになり気迫のヘッドスライディング。………その塁審の手は横に広がりました。
横浜を応援していた自分でさえ、正直あれはアウトだったと思います。というより、ヘッドスライディングをしていなければ100%アウトとコールされていたでしょう。あの時のヘッドスライディングは、それほど鬼気迫るものがありました。このプレーがアウトとジャッジされていれば横浜高校の優勝はなかったでしょう。
ところが、ある本で「一塁へのヘッドスライディングは即アウト」というのを目にしました。
「アメリカ人と日本人の野球に対する考え方のうち、全く正反対なものが、ファーストへのヘッドスライディングだ」と書かれていました。
アメリカの場合ヘッドスライディングに対する考え方は、「バカなこと」の一言に尽きるようです。それをしてはならない理由は、「スピードが低下する」「ケガの危険性が高い」というものでした。
審判のジャッジにしても、一塁にヘッドスライディングをした場合、必ずといっていいほどアウトとコールされてしまうのだそうです。
このようにヘッドスライディングをめぐるアメリカと日本の間での考え方の相違は大きいのです。「日本人はエキサイティングでガッツあふれるプレーだと考える一方、アメリカ人にしてみれば、アウトになる可能性が大きく、危険なプレーでしかない」と書かれてありました。
我チームでも一昨年、大事な試合で中心選手がヘッドスライディングで怪我をして、つらい思いをしたこともありました。
自分は「ヘッドスライディングは危険だから止めろよ」と子供たちによくいいます。
明らかにアウトになるのは、子供自身だって分かってる。でも、心では分かっているけど、身体はまだあきらめてはいない… そんな精一杯のプレーがヘッドスライディングだとしたら、そのプレーを自分は決して責めることはできません。「バカヤロー!危ないじゃないか!」と口では言いながらも、心の中では「ナイスファイト!」と叫んでしまう自分がいるのです。
月に向かって打て!
「月に向かって打て!」かっこいい言葉ですね。一度は聞いた事あるんじゃないかと思います。
昭和43年、後楽園球場で行われた東映フライヤーズ対東京オリオンズの試合で、延長11回の裏、東映の5番打者大杉勝男に対して飯島コーチが言った言葉なんです。
その試合の当日、大杉がバットをしゃくりあげるように打っていたのを見ていた飯島コーチ。振り切ったバットのグリップが左肩よりも高い位置に来るように矯正するために、レフトスタンドのすぐ上にほどよい角度にあがっていた月を目印にせよという意味で言ったらしいんです。
その後大杉選手は打撃を開眼し両リーグで1000安打以上を打つ記録を残し“心優しき暴れん坊”と言われるようになりました。
でも、まー、なんとかっこいいロマンチックな「助言」ではないでしょうか。
少年野球なら、「あの体育館の屋根に向かって打て!」てな具合になるのかなぁ、かっこいいとはいえないけど…。
健全なる身体に…
「健全なる身体に健全なる精神が宿る」って聞いた事ありますよね。これはローマ時代の詩人ユヴェナリスの言葉を引用したものなんです。簡単に言うと「スポーツをすれば健全な身体と精神が得られる」て言うような意味の使い方をすることが多いようです。(ちょっと違うかな?)
でも、本当はユヴェナリスはそんなことは言っていないんです。彼は「健全な身体に健全な精神が宿るのが望ましい」と言っているだけなんです。
学校などの校則でもそうですが、「・・・が望ましい」なんて言うときは、だいたい現実はその反対なことが多いものです。事実、帝政ローマ時代の腐敗した政治と世相のもとで行われていた剣闘試合や兵車競技を批判しての言葉なんです。この言葉は彼の理想だったわけです。
そうすると、「スポーツで培われた健全な身体には健全なる精神が宿る…とは限らない」ってことになってしまいますね。
こりゃー大変だ!自分も曲がりなりにも子供たちを指導している身。なんとかしなければ…。
少年野球でも、野球「を」教えるだけじゃだめなんですね。野球「で」何を教えるかが大切なんですね。
う〜ん、そうは言ってみたものの難しそう…。
だって、満足に野球「を」教えられないのに、それ以上はやっぱ無理かなぁ〜
いったいどっちやねん?!
試合前に選手を集め、監督さんが子供に話をしている光景よく目にしますよね。どんな話をしているのでしょう?戦術的な話なのでしょうか、それとも技術的な話なのでしょうか。
でも、多くの場合そのどちらでもないようです。選手たちが実力を出し切れるように、精神的な話をするケースが多いようです。
ところが、ここからが問題です。
A 監督は「勝ち負けにはこだわらず、いつもどおりにやればいいんだ」と言います。
試合で緊張してしまって実力が出せない子供たちを思っての言葉でしょうか。
B 監督は「何が何でも勝とうとする執念が大切なんだ。絶対勝つぞ!」と言います。
相手に気持ちで負けたら、萎縮してしまって自分の力が出せないと思っての言葉でしょうか。
あなたのチームの監督はどっちですか?
「♪勝つと思うな、思えば負けよ〜♪」なのか?「勝つという気持ちが一番強いものが勝つ!」なのか?
どっちも正しいように思えるし、でも言ってることは正反対だし・・・。いったいどっちやねん?!
ボールと自分だけの世界
あなたが何かをする時、その事自体に心が向いている場合と、その結果周りから自分がどう見られるかに心が向っている場合とがあると思いませんか?
やるべき事自体に心が向いている時というのは、いわゆる集中している状態ですね。雑念がなくなり、究極的には「無我の境地」っていうやつです。
反対に、自分がどう見られるかに心が向いている時というのは、他人からの評価を気にして、ビクビクしたり、いいところを見せようと力が入りすぎている状態ですね。
自分なら、草野球でバッターボックスに立ったとき、「三振したら冷やかされるだろなぁ」とか、「一発でかいのを打って目立ってやろう」とか、そんな事を考えちゃいます。
当然のことながら、結果は… お察しのとおりです。
昔、野球の神様と言われた川上哲治が「ボールが止まって見える」という名言を残しています。超一流になると、ピッチャーの投げるボールと自分だけの世界になるんでしょう。こういう状態だからこそ素晴らしい能力が発揮されるんですね。
そういえば、昔見た「巨人の星」のライバルとの対決シーン。二人の心の世界では観客の声援も消え、瞳の中ではゆらゆら炎が…。まさに、他人からの評価など、もうどうでもいい世界です。
人間、誰でも周りから良く評価されたいと思うものです。だけどそれを気にしすぎると、かえってうまくいかないものなんです。
そうだ。それなら子どもがバッターボックスに入るとき、こんなアドバイスはどうだろう。
「結果はどうでもいい。サインもない。何も考えず、来た球を思いっきりひっぱたけ!!」
けっこういいと思いません?
自分の子
誰かが言ってました。
「人の子はおおらかな気持ちで見られる。しかし自分の子を見る目は焦る」
うまいこと言ったもんです。
少年野球のコーチをやってみて、自分の子も他の子も関係なく同じ目で見ているつもりなのですが、今でも、「なぜあれができないんだ」という目で自分の子を見てしまうことがあります。
ついつい自分の子に対しては、口調がきつくなってしまうのです。他の子に遠慮しているわけではないんです。
体力も運動能力も違う子と比較しても意味がないのはよーく分かっているつもりなのですが…。
「あの子はじょうずに歩けるのに、私の子はどうして…」「あの子はオムツが取れてるのに、うちの子はどうして…」新米のお母さんならこんなことでパニックになることも。
いやいや、新米のお母さんでなくても、「あの子は○○高校入ったのよ!なんであんたは…」こんなグチよくこぼすものです。(思い当たるふしがあるのでは?)
子どもにとってはいい迷惑。やる気をなくすこと間違いなし!
野球でも、うまくなれば、うまくなったでもっと上を望んでしまう。「おまえ、うまくなったね」って言ってあげればいいのに、「○○君はあんなに打つのに…」と上級生と比べてしまったりします。これじゃ子どもがかわいそうですよね。
そういえば、昔、陽水の歌でこんなのありましたっけ「♪限りないもの それは欲望〜♪」
頭にきた!?
ふつう怒ると頭にくるんですよね。足や手に来てもいいと思うんですが、なぜか頭にくるんです。で も、最近は怒って来るところが変わってきてるんです。
そうです、それは「胸」なんです。
よく今の子どもは怒ったとき「ムカツク」って言いますよね。これ、最近の言葉なんです。
ある子ども問題の研究者は言っています。「子どもたちの怒りを受けとめる場所が頭から胸のあたり に移ってきている。不愉快なことに対して今までは頭脳で反応していたのが、今では純粋な生理レベ ルで反応するようになっている」と。
つまり、子どもたちの感情反応が「より短縮化され、より直接的」になっているということらしいん です。
少年野球で「ムカツク」といえば、こんな声を合わせた応援(?)聞いた事ありませんか?
自分のチームがイージーフライを落球!すかさず相手のベンチから「○○○僕らの味方・味方、もー いっちょう」「○○○あーりがと、サンキュー」
相手を非難しているわけではないのかもしれないけど、どう聞いても嫌味にしか…
ところであなた、最近「ムカツイテ」いませんか? そんなあなた、とりあえず、「頭」まできてみ ましょうよ!
立 体 視
ある新聞に興味深い記事が載っていました。「顔面に打球!なぜよけられないの?」というタイトルで、小学生の顔のケガについて書いたものでした。
その中で、ソフトボールやドッチボールなど、体育の授業で顔面にボールを当ててケガをする生徒が増えているとのこと。フライを捕ろうと思い顔面に当ててしまうケース、よけきれずにボールが顔にぶつかってしまうケース。場面はさまざまですが、原因は敏捷性よりも、眼球の動きの問題のようなのです。
現代の子どもはテレビゲームのやりすぎで、眼球の動きに何らかの問題が出てきているのではないか?と書かれてありました。
有名な、ビジョン・トレーナーのT氏もこんなふうに話しています。「今の子どもたちは、立体的にものを見る力に欠けています。人間は敵から身を守るために、敵が遠くにいるのか近くにいるのか、距離感をとらえることが最も大事なはずです。けれども、今はテレビゲームのせいで、平面の世界ばかりを見るようになってしまい、立体視の能力がなくなってきている。昔の子どもは、山を駆け回ったり、川原で遊んだりと、自然の中で遊んでいくうちに、立体視は養われていたのですが…」
「平面的?そんなことないよ!昔のゲームとは違うよ。最近のゲームやったことあるの?今のはスゲー立体的さ」なんて声が聞こえてきそうです。
でも、実はここに問題があるんです。
実際の景色を見るときは、遠近に応じて眼の水晶体が厚くなったり薄くなったりするのですが、テレビゲームの画面では眼の水晶体は一定のままです。しかし、画面は遠近があり立体的に描かれています。水晶体が一定のままなのに、脳は遠近を判断しなければならないのです。
それでも短時間ならいいのですが、こんな状態を毎日、毎日何時間も繰り返していれば、問題も出てきます。実際の生活で脳が遠近感を判断しても、眼球の水晶体の動きをコントロールできなくなってしまうのです。これでは、いきなり遠くからボールが飛んでくれば対応しきれないのも分かるような気がします。
少年野球で、外野フライの目測を誤る子結構いますよね。ほんとに初心者ならまだしも、何年もやってきているのに前進しすぎてバンザイしてしまう子。
もしかすると、毎日何時間もゲームをやってたりして…。
とは言うものの、テレビゲームをやらない小学生なんてほんのごくわずかですよね。でもやりすぎはやっぱりダメですね。ゲームで遊んだ分、外でも遊ぶようにさせなくちゃ。
「目標」は勝つこと
勝つことがすべてではない少年野球。
でも自分は「目標」は勝つことでいいと思っています。
こんな風に言うと「おまえ、何いってんだ! 少年野球はな…」と、お偉いさんのお叱りを受けそうですね。
でも、野球に限らずスポーツから勝敗を除くと、それはスポーツではなく、レクリエーションになってしまいます。
たしかに、それはそれで、ある意味で楽しいのかもしれません。でも、そこには「負けた悔しさ」や「勝った喜び」 また、そのための「努力」などはありません。
自分が言いたいのは「勝つことは『目標』であるけど『目的』ではない」ということなんです。
惜しくも激戦に破れ、涙する子どもたち…。「勝ちたかった」とつぶやく子どもたち…。こんな、勝つために頑張ってきた子どもたちの「努力」が無意味なわけはありません。
テレビゲームのようなリセットのない世界で、勝つことを目指して、個人として努力し、仲間と競い合い、仲間と戦うことで、何かをつかむ子どもたち。
「勝つ」という「目標」に向かっていかに努力するか、そのプロセスこそが少年野球の「目的」だと思うんです。
(今回はチョットかっこつけすぎ!…かな?)
氷山の一角
ある雑誌でオーケストラで「シンバル」をやっている人の話が載っていました。音楽が盛り上がってきたときに、金色のお皿みたいなのたたいて、パァ〜ンと場内に響かせているアレです。
その中でシンバルの大変さを述べていました。
ほとんど演奏していないのに、観客の目があり、気を抜けない。また、いざ「バァ〜ン」と叩くときに周囲から浮かないようにしなければならない。直立不動の状態でありながらも集中し、気持ちを盛り上げていなければならない。また、演奏機会が少ないため、1回の失敗でも大きく響いてしまうこと等々。
これを読んだとき、なんだか野球の外野手に似ているなぁ〜と思いました。
自分のところに飛んで来るか来ないかわからないボールに対し、ピッチャーが投げる一球一球に神経を集中させ、右に左に微妙に動くのです。たとえボールに触ることがなくとも…。
ピッチャーも大変だとは思います。でも、ピッチャーは自分がボールを投げないと始まらないので、いやがおうでも集中しなければならないし、また試合の中心にいます。オーケストラでいえば、バイオリンみたいな存在です。
でも、外野手は違います。いつボールが来るかわからない。でも、集中力やテンションを下げてはいけない。仕事でもそうですが、忙しいときより、中途半端に仕事がある時のほうが、心身共にだるいものです。それでも、失敗したら、広がる傷口は内野よりずっと大きいのです。
観客の目はどうしても試合進行の中心に向けられます。ピッチャーからバッターへ、打球が飛べば打球と一緒にボールをさばく野手に注目します。
でも、このボールとともにあるシーン。それは、野球のすべてであるようで実は氷山の一角にすぎないのです。
プレーを予測する目
自分が、2塁の審判に入っているときのことです。
ショートくんがこんな指示をセカンドくんに出していました。
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ノーアウト2塁、バッターは体の小さな9番打者。
セカンドくんは2塁ランナーを牽制するため、ベース寄りにいました。
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ショートくん「バントありそうだよ」とみんなに一声。セカンドくんに「ランナー、オレがかまうから、もっと向こうでいいよ」と手で2塁から離れるように指示しました。
するとセカンドくん「OK!ベースカバーね」とこたえます。
この会話を聞いて、とても感心しました。
ショートくんには見えていたのです。以下のような光景が…。
無死2塁、サードは盗塁もあるので前に出られない状況です。
バッターはバントの構えをする → ピッチャーが3塁側にスタートをきる → バッターは1塁側にバント→ ピッチャーが逆をつかれる → ファーストが前進してゴロを捕る → 1塁に送球しようとする → セカンドくんのカバーが間に合わない…。
声をかけられたセカンドくんも、同じようなイメージが浮かんだのだと思います。
そこで上記のような会話が成り立つわけです。
こんな風にプレーを予想でき、またそれを指示できる小学生がいるんですね。
次のプレーのイメージがなければ、一瞬、動きが遅くなります。遅くなれば、余裕がなくなり、ミスが出やすくなります。焦って間に合わないところに投げたり、悪送球になったり、よくいう「バタバタ」っていうやつです。
このバッターはこんな打球が飛びそうだとか、自分のところにゴロが来たらどこに投げようとか、ちょっとイメージするだけでも動きは全然違うはずです。もう一歩進んで「こっちに飛んだらベースに入ってよ」とか「近い塁でアウト1個でいいよ」とか指示が出せるようになってくれば、絶対「バタバタ」はなくなるはずです。
ところで、このショートくんのチームはどこのチームなのかって?
そ、そ、それはおこがましくって言えません…。
野球ママさん症候群
●グラウンドで母親、家では鬼コーチ
見てないようで見ている。試合や練習の様子を覚えていて、子どもに家に帰ってからけっこうネチネチ言ってしまう。
●口ぐせが変わってくる
今までは「宿題したの、勉強しなさい!」オンリーだったのが「素振りしてるの? ○○くんは毎日振ってるんだってよ!」とさらに口うるさくなる。
●週末が近づくとそわそわしてくる
土日に試合があると週末が待ち遠しくなる。相手チームのホームページの情報収集で、監督・コーチより詳しかったりする。
●恋人を見る目になる
なんだかんだといっても、グラウンドを見つめるその目は、はるか昔、憧れの先輩を遠くから見つめた目と同じ輝き。たよりない息子でも野球に夢中になっている姿はステキに見えてくる。
こんな症状ありませんか? ねぇお母さん?
ピアノと野球
プロ野球に入団する選手のインタビューの記事の中でピアノについて語られていました。
「ボクは、三歳のときから小学六年までピアノをやってましたんで……。だから肩が強いんです」 彼はピアノと肩の強さについて聞かれると「インナーマッスルが強くなるから」と答えています。
ご存知の通りインナーマッスルとは通常皮膚の上からさわることのできない筋肉で、大きな力を発揮する骨格筋の下にある筋肉です。ボールを投げたりする肩の回旋運動では関節の中で、骨と骨との結びつきを支え、安定させるための働きをする筋肉で、これが弱いとアウターマッスルが発揮するパワーを支えきれずに肩をやられてしまうのです。
野球選手とピアノといえば、巨人の桑田投手が有名です。右ひじを手術した後、リハビリの一環として、ピアノを習い始めました。指先の感覚を失わないようにするためだったそうです。
もうひとつ。指を動かすことで大脳、特に運動野が刺激されるといいます。大脳は10歳までに確立されると言われていて、小さい頃にやればやるほど良いようです。
そういえば、うちの野球をやっている息子も幼稚園のころから今もずーっとピアノを習ってたっけ(もちろん本人ではなくかみさんの意志で…)。でも最近は家で弾いているのを聞いたことがありません。
いつも肩が強くなりたいと言っている息子です。「ピアノの練習すれば肩が強くなって野球もうまくなるって知ってる?」って言ってやります。きっとこれで……ピアノも野球も上手になって、かみさんが喜ぶかも……?。
ベンチ入りした4年生
くりくり選手権大会に出場させてもらい、多くのことを経験できました。各方面の方々の協力や応援ありがとうございました。
この大会のベンチ入りの人数は20名です。うちのチームは6年生が6名、5年生が9名です。予選にあたる練馬区の大会からずっとこのメンバーで戦ってきました。
本戦でもこのメンバーでいくつもりでした。(あたり前のことですね)
でも、実は4年生をあえて登録メンバーに加えたんです。
4年生をベンチ入りさせた理由はいくつかあります。その中で一番大きいのが「自分が上級生になったとき、ここで野球をやりたい」と思ってもらうことです。
4年生は自分たちの力でなくとも、あのグラウンドにいればその雰囲気を感じ自分が出場しているような気になります。たとえ試合には出られなくても、応援要員として5・6年生と一緒に試合を経験することができるんです。
そう!それが大事なんです。
監督やコーチが「上部大会を目指す」といってみても本気になって練習をしようとする子どもは、ほんのわずかでしょう。まして10才ぐらいの子どもには無理な注文です。たいがいは「行けたらいいな」と漠然と願うだけ。「実際に見る」「その雰囲気を味わう」これが目標を達成しようとするときの起爆剤になるんです。
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なぜ人間は夢を持っていても、それに結びつく努力をしっかりできないのでしょうか。
それは夢や目標について漠然としたものしか持っていないからなのです。
情報を集めれば実感がわいてきます。夢が夢でなくなり具体的になって努力がしやすくなってくるのです。
マラソンを例に考えてみましょう。どこがゴールかわからない状態だと全力で走る気にはなれないでしょう。42.195キロ先がゴールという情報があるからこそペース配分を考えて走れるのようになるのです。
目標を身近に感じられるようにするためには、情報を集めることが大切です。そうすれば「やる気」が増してくるものです。
それも、第三者からもたらされた情報よりも、自分で本物に触れ経験から得た情報。これが最も有効なのです。
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まさしくボーイズ4年生にとってこのベンチ入りが「自分の目で見た本物の情報」であり「目標を達成しようとする起爆剤」になってくれると思います。
真夏の練習
今年も去年にも負けないくらい暑い日が続きますね。
暑い中での練習で思い出すのが高校時代。野球じゃなくてラグビーの練習ですが…。
夏に入る前、6月ころだったかと思います。先輩が笑いながら言うんです。
「暑いときは、首に巻いたタオルからチューチュー水を吸うんだぜ」
「え?」
なんのことだかよく分からない方のために少し説明をします。
この頃は「水を飲むとすぐバテる」っていう考えが主流の時代。炎天下の練習でも水を飲ませてもらえません。かろうじて頭から水をかけてもらうくらいなんです。
先輩が言うには、このときに、タオルに水をたっぷり含ませておいて、その水を吸うとのことでした。「え〜?!きったね〜、オレにはできねーな」だって汗とほこりで汚れたタオルからは、どう考えても泥水しか出てこないでしょ?
1ヶ月後、そこには先輩の言ったとおりに、なんのためらいも無く実行している自分がいました。
今となっては、苦しかった練習もいい思い出です。その頃の仲間と会うとみんな「つらかった自慢」が始まります。「オレなんかさ、スクラムマシンで校庭10往復だぜ、○○さん(OBの名前)なんか調子こいて、マシンに乗るんだもん」「まだまだ甘いね。オレなんかさ…」と次から次へと、どんどん出てきます。
今、野球をやっている子どもたち。大人になって再会したとき、どんな話するんだろう?
楽しかったことより、つらかったことの方がいい思い出になるのかなぁ。それなら合宿恒例の「個人ノック」でフラフラになるまで走らせるか!
おっと!今年の合宿はもう終わってしまったんだっけ…。
「ストライク」と「ボール」
少年野球の試合での敗因、何が多いのでしょうか?
たぶん、第一位は「四球が多すぎた」とか「投手の制球が悪かった」でしょう。第二位が「大事なところでのエラー」「守備の乱れ」になるのかな。
自分のチームのピッチャーがストライクを取れずに苦しんでいるのを見るのはつらいですよね。みなさんも「ストライクが入りますように」と手を合わせて祈ったこと、一度や二度じゃないはずです。まして自分の息子がそのピッチャーだったりすれば、なおさら…。
この「ストライク」なぜ、いい球を「ストライク」というのでしょうか。実は、自分も数年前まで本来の意味も分からないまま使っていました。
英語でいう「strike」は動詞で「打つ」という意味です。ですから、命令形で「打て」ということですね。
アンパイアがコールする「ストライク」は「Good ball ,strike!」の略なんです。「いい球なんだから打て!」という意味になります。
じゃぁ「ボール」は? 「ball」は「球」のことですよね。これじゃ意味がわかりません。
ここででいう「ボール」というのは「Unfair ball!」っていうことなんです。直訳すれば「不当な球だ!」になります。つまり「打てないボールは投げるな!」という意味なんです。
球審がコールする「ストライク」「ボール」はこういう意味だったんです。
「Three strikes ,batter out!」「いい球を『打て』って言っているのに、君は三回も打てなかったんだ。バッター出て行け!」 これが三振の由来。
これが原点だとすると、いい球を打たずに四球を待つ作戦なんて本来の野球じゃないってことになりますね。もっとも「不当な球」を四つも投げるピッチャーの方が悪いってことにもなりますが…。
子どもたちには野球本来の楽しさを教えてあげたい。
自分も、子どもの頃「カッキーン」と打ったときの、そのなんともいえない感触、今でもよ〜く覚えてますから。
新人デビューは外野から?
みなさんのチームでは新人君のポジションはどこですか?
とりあえず「ライト」が定番のポジションでしょうか。野球を知らないからということで「一番ボールの飛んでこないところに置いておけ」てな具合に考えてしまうのでしょうか。
さて、「ライト」を守った新人君、これから「修行の道」の出発です。
外野ゴロをトンネルし、フライをバンザイ。「前へ出ろー!」「なんでもかんでも前にでりゃいいってもじゃないだろー!」 コーチの怒鳴り声が聞こえます。
ほら送球のカバーだ、捕ったらすぐ内野に返せ…。
いきなりもの凄い情報の嵐に巻きこまれていきます。
しかし、新人君はこれに耐え、吸収して、早く「光る」才能を見出さなければ、「内野の古参レギュラー陣」に食い込めません…。
考えてみると、ボールを投げることもままならない、打球の捕球経験も乏しい子です。外野に飛んでくるボールを捕ることだけでも難しいですよね。
ここで提案!! 新人君は、「まず内野のポジションから修行するべき。」ではないでしょうか。
軽い内野ゴロをさばく方が外野フライを捕ることより簡単です。カバーの大切さも自らの送球ミスで理解していきます。
低学年の試合を見ていると、内野の子はまぐれでもアウトをとることができますが、外野の子はかなり高度なまぐれ度が無いかぎりアウトをとることはできません。
また、失敗した時のインパクトも内野に比べ、外野の子の惨めさはずっと大きいものです。
新人君(後から入部した子)をどこから守らせるか?
自分は「内野」から守らせたほうがいいと思うんです。ド新人君には一番いい方法だと思うのですが…いかがでしょうか?
子どもに教えられること
ひょんなことから少年野球のコーチを始め、小学生と接する時間が多くなりました。
子どもたちを見ていて、いちばん自分と違うと強く感じるのは、「惜しみなく、毎日全部のエネルギーを使い切っている」というところなんです。
「明日は大事な試合があるから、今日はおとなしくしておこう」なんて思わないんですよね。
楽しいことなら、どんなハードな練習の後だって大丈夫。仲間と一緒なら超ハイテンション。
まぁ、ごはんを食べて一晩ぐっすり眠ったら回復しちゃう、うらやましいカラダを持っているっていうこともあるんですが。
いつの頃からだろう。いろんなことを出し惜しみするようになったのは。
体力はもちろんですが、仕事でも「今日はここまでいいや。続きは明日にしよう」なんてぐあいにすぐ思っちゃう。
「本当はこうやればいいんだけど、リスクもあるしなぁ。こっちの方が無難だし、なんたって楽だよなぁ」と頭で先に考えてしまう。大人の知恵だと言えば聞こえはいいけど、結局、自分に甘いだけなのかも…。
ふと、思いました。これは、まさしく一昔前の『充電池』だ。全部使いきれば、また満タンに充電できます。でも、使いきらないうちに充電すれば、だんだんその容量が少なくなってしまう。そして最後には…。
これは、ぜひとも子どもを見習わなくっちゃ。『充電池』みたいに使いものにならなくなったら大変ですからね。